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母のこと3

結局、医師の勧めもあり、CTスキャンを撮ることになりました。私は仕事で東京に戻らねばならず、後のことは父に託し、病室を後にしました。結果としては新たな梗塞は発見できませんでしたが、点滴にも梗塞に効果がある薬が追加されたようです。父からは、母の様態はひとまず落ち着いた、という連絡が来ました。
家に戻り、約束してあった電話による取材を行いました。ある大学の入学案内パンフレットの制作作業が進行中でした。母のところに駆けつけた前日も、大学構内での取材中に病院から携帯に緊急連絡が入ったりしていました。松戸にある大学なのですが、その後、その大学の名前を聞く度に、母のもとに駆けつけたときの気持ちを思い出すことになりました。

15年の闘病生活を通じ、母が良くなることだけを信じ続けてきた父でしたが、やはり、現実を前にして覚悟を決めたようです。私は気が小さいので、事あるごとに「親戚に連絡を」と口走るのですが、あまり周囲に連絡を取りたがらなかった父が近しい親族に連絡を取り始めていました。

そのことが物語るように、母の小康状態は長くは続きませんでした。入院から一ヶ月。2007年9月27日の朝、出社しようとしていた私の携帯に父から電話が入りました。

「病院から連絡があった。これから行ってくる。」
「容態は?」
「まだわからない。ついたら連絡する。」
「わかった。気をつけて。」

次の電話は決定的なものになるだろうと思いました。
電車が成城学園前に着く直前、携帯がなりました。

「もしもし、」
「俺だけどね、とうとう…」
「わかった、すぐ行くから。」

今日済ますべき仕事がひとつありました。
午前中には終わるかな。そう思いながら、再び電車に乗り込もうとしたとき、
妻に電話をしていないことに気がつきました。

「もしもし」
「だめだった?」
「うん。午後早めに戻る。用意しておいて。」
「わかった。」

電話を切ったとたん、急に現実感がなくなってきました。

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Comments

一連のお母様のことを読むと、両親を亡くしたときのことが蘇ってきます。
母が危篤のときは会社に父から電話があり、病院に向かうまでの記憶がありません。
父が突然亡くなったのは、弟達からの電話で知りました。その夜の便で、ベトナム・ホーチミン市から帰国しましたが、無言の父に再会するまでの記憶がありません。
文面から、新井くんの心境が痛いほど伝わってきます。

母のときも父のときも四十九日が終わっても、一周忌が過ぎてもまだまだ悲しくてたまらず、思い出す度に泣いていましたよ。

Posted by: Giang | November 26, 2007 at 01:58 AM

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