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お別れ 〈母のこと 18〉

母の骨と一緒に、もう一度斎場に戻り、最後のお経を上げてもらいました。
その後、参列者のみなさんに食事を差し上げ、父がお礼の挨拶を申し述べ、
長いような短いような4日間が終わりました。

その日、妹は翌日の仕事に備えて帰宅。私たち夫婦はもう一泊してから帰ることにしました。
位牌と遺骨、そして父を乗せて父の家まで戻りました。

四十九日のことや戒名をどうするか、お墓をどうするか、まだまだ考えなくてはならないことがたくさんありますが、これで一区切りです。

布団に入って、ちゃんとお別れを言えたのか考えていました。当事者としてはなんだかんだとやることが多く、そればかりに気をとられていたような気がします。母のことはいっぱい考えていましたが、それがお別れということになるのかどうか。やはり時間をかけてお別れを告げることになるんだろうな。そんな気がしていました。

翌朝、父と一緒に食事をとり、自宅へ戻りました。
父は落ち込むこともなく、元気そうでした。
まだ気が張っていたのかもしれません。

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アルバイト<コピーライターへの道 12>

■採用が決まっても、印刷屋のアルバイトは続けていました。
■一緒に採用が決まった同期の中には、会社から誘われてアルバイトをしているデザイナーもいました。そんな話があったなんて、出社日の1週間前に制作室の引越しを手伝いに行くまで全く知りませんでした。
■社内のインフォーマル情報に疎いのはこの頃から今に至るまで変わっていないんだと、今書いていて気がつきました。神経がそっち方面に完全に向いていません。組織向きじゃないんでしょうか。
■アルバイトは相変わらず名刺や伝票の納品。その後の職場となる鉄砲州稲荷あたりに出没するようになりました。
■偶然とは言え、世間は狭い。印刷や制作関係の知識は得られませんでしたが、納品活動のおかげで、都内の道には詳しくなりました。
■会社が世田谷区に接するところにあったので、世田谷の裏道、甲州街道から世田谷通に抜ける道はいっぱい知っていました。もうかなり変わっているかと思いますが。
■もう一つ詳しくなったのは、納品のためにチラシを束にして縛る方法。かなり手早いです。大掃除の時に古雑誌や新聞を縛るときに活用してます。
■3月末までバイトを続け、印刷屋のみなさんに「がんばれよ」と言われて、4月1日を迎えました。

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ようやく就職 〈コピーライターへの道 11〉

■採用通知が来たのは、大学5年の12月に入ったところでした。
■15社ぐらい履歴書を送っていたのですが、まともに面接まで行ったのは、採用された会社と、渋谷にあったスタンダード通信社の2社だけでした。
■大胆なのか馬鹿なのか。この年就職できなかったらどうするつもりだったんだろう、と思いますが、その後の人生で似たような局面は何度も出てきます。
■考え方や行動様式を変えないと、同じようなことが何度も起きるんでしょうか。学習能力が無いのか。
■スタンダード通信社は、確か「最後の何人」かに残っていたと思います。あそこに入っていたらどうなっていたかな。
■ともあれ、人生の一場面で、「望みがかなう」という経験ができました。まあ、良かったんだろうな、と思います。

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息子が保育園に 〈母のこと 17〉

もうひとつのブログに書きましたが、奥さんと一緒に実家に世話になっている息子が、保育園に入ることになりました。
奥さんの回復が思わしくなく、実家のお義父さん、お義母さんも農作業が多忙になり、やむなく、と言うか、彼のために一番良い選択と考え、決めました。

1歳の誕生日を迎える前から、親族以外の方のお世話になることになったわけです。

母は長く学童保育に携わっていました。たくさんの子どもの面倒を見てきた母ですから、もし自分の孫ができたら世話をしたかったんじゃないかと思います。

今回、息子が保育園に入ることになったことと、母のやってきたことの関連を感じてしまいます。
奥さんが息子の面倒を見られないのは悲しいことですが、どこかから、私の母が息子の心配をしてくれているような気がしています。

母に「心配ないよ」と言う報告ができるよう、一日も速い回復を目指して、奥さんと一緒にがんばって行きたいと思います。

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コピーライターへの道 10 2度目の就職活動

■通っていた当時の提出物など探そうと思ったのですが、奥さんの病状が変化したりして、ままなりませんでした。
■とりあえず記憶だけを頼りに話を進めて行こうと思います。

■あっという間に講義期間の半年が終わりました。まわりでは専門コースに進む知り合いが、なにやら夢を語っていましたが、カツカツでバイト暮らしのわが身としては、これ以上コストのかかる「勉強」は全く想定外のものでした。
■今になって考えれば、「専門コースなんて進めない」という考えは言い訳以外の何物でもないのですが、当時は余裕が無かったんですね。
■前年に続き、就職活動を始めました。再び広告代理店の面接を受けまくりました。ある代理店で、2年目の挑戦でしたが、そのことを面接官に告げたら、「人生の先輩として言って置きたいことがある」と、説教をいただきました。「1年目だめだったから、もう一度受験すれば良いと言う考え方は社会では通用しない」と言われたのを覚えています。
■このアドバイスが正しかったのかどうか、未だに分かりません。結局この年の就職活動で、小さいとは言え広告代理店にコピーライターとして潜り込むことができましたし、つらいことばかりですが、就職して25年経った今でも何とか現場で仕事をしているわけですから。
■就職できたきっかけは広告代理店の求人広告でした。経験者募集だったのですが、とぼけて応募しました。養成講座に行っているのだからただの素人とはちがうぞ、という気分でした。勘違いもはなはだしいと言うやつですが、何の間違いかバブルの余波か、採用されてしまいました。
■後から聞いたら、その代理店の制作室に当時2人いたコピーライターの方のうち一人が、私の履歴書を見て「採っておいたら」と言ってくれて、採用が決まったそうです。
■そのコピーライターの方は、私が就職して1年も経過しないうちに退職しました。結局穴埋め要員だったわけです。何はともあれ、コピーライターの名刺を持つことができました。
■こうして、現在に続くコピーライターの道が始まってしまいました。

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