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<コピーライターへの道30>番外編

■先週金曜日(8/2)の夜、帰宅途中最寄り駅についた頃、スマホが振動。確認してみると、就職した会社で同期だったT君からfacebookのメッセージが届いていた。
■珍しいな、と思いながら確認すると、「突然ですが、Mさんが亡くなりました」という、まったく予期していなかった知らせだった。土曜日にお通夜、日曜日に告別式というスケジュールも書かれていた。
■ショックだった。T君のメッセージには「詳しいことはわからないけれど」とあり、何が起きたのかうまくイメージできず、困った。
■Mさんは、私が大学を5年かかって卒業して就職した小さな広告代理店の制作室長を勤めていた。当時40歳。優秀なベテランコピーライターで、クライアントからの信頼も厚かった。
■私は大学在学中からコピーライターに憧れ、経験もない(当たり前だが)にもかかわらず、「コピーライター志望です」といいながら、多くの広告代理店の入社試験を受け、落ちまくっていた。あまつさえ、4年生の就職活動で希望をかなえるのは無理だと考え、留年しコピーライター養成講座に通い、再び就職活動を行うというしつこさ。
■そんなバカ者を「コピーライター」として採用してくれたのが誰あろうMさんだったのだ。Mさんの決断がなければ、私はコピーライターになることはできなかったと思う。2年目の就職活動も、どこからも内定をもらえないまま12月を迎えていたし、もう1社何度か面接し、選考に残っていた代理店もだめだったら、業種や業界にこだわっていられないと考えていたのだ。

■しかし、Mさんのおかげでコピーライターとして仕事をスタートすることができた。だから私は、心から願ったことがかなえられた喜びを知っていることになる。このことは、その後の人生で本当に大きな力になった。Mさんにどれだけ感謝してもしすぎることはないと思う。
■残念だったこともある。私が就職した年、Mさんは営業のチーフに抜擢され、制作の仕事から離れてしまった。コピーライターとして直接指導を受けた時間は本当に短かったのだMさんの担当していたクライアントと仕事はある程度私が引き継ぎ、Mさんも営業としてかかわっていたので、仕事の中でいろいろ勉強はさせてもらったが、もっとコピーライターとして、直接薫陶を受けたかったと思う。
■最初のほうにも書いたが、本当にクライアントから信頼されている方だった。引き継いだ私は力不足もいいところで、Mさんも内心忸怩たるものがあったに違いない。同期のMくんがfacebookのコメントで「営業のチーフに抜擢されたMさんがクライアントに別のコピーライターを連れて行っても、お前が書けと言われて困ってました」と書いていたが、困らせた別のコピーライターというのは、きっと私である。
■今思えば、一緒の会社にいたのだから、Mさんに「教えてください」と頼むことは十分できたはずである。しかし、若いというのは本当にしょうがない。私はMさんに教えを請うことをしなかった。若さのせいにしてはいけないか。私がバカだった。ただのバカではない。大バカである。
■その後私はMさんのいる会社を離れ、紆余曲折の挙句、今に至る。仕事上、Mさんと接点を持つこともなかった。ただ一度、結婚式には来てもらった。でも、満足に話をした覚えがない。子供もできたので一度ご挨拶に行かなくては、と思っていた。
■こんな思いが先週金曜日の夜から頭の中をぐるぐるしている。昨日、告別式に参加し、お別れはしたつもりだが、相変わらず思いはぐるぐるしたままである。

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