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自分インタビュー[0005]20200718

●寒かったせいか、夜中に何度か目覚めてしまい、午前中はボーっとしてしまいました。再開します。

 

Q 他に何か思い出はありますか?

A  自分では良く覚えていないのですが、2歳の7月に死かけました。

Q え! 穏やかじゃないですね。病気ですか?事故ですか?

A 病気です。2歳だったから、1960年の7月7日に「腸重積」という病気になりました。

Q 腸重積?

A 小腸の終わりの部分にある回腸が、大腸の内部へ入り込んでしまうことで起こる症状で、2歳くらいまでの子どもによく起こるそうです。激しい腹痛と嘔吐などが見られ、血流が妨げられて腸が壊死すると、さらに大変なことに…

Q 痛かったですか?

A 私自身は全く覚えていません。この件についてはすべて後になって人から聞いた記憶です。7月7日に、伯父さん一家と平塚の七夕を見に行く計画をしていたそうです。しかし朝になってお腹が痛いと泣き出して、治まらないので七夕見物は中止。私は家でしばらく様子を見ることになりました。

Q それで7月7日と特定できるのですね。

A そうです。従妹は1歳年上なので当日の私の様子を記憶していて、後になってさんざん聞かされました。とにかく泣き方、痛がり方が尋常ではなかったそうです。

Q じゃあすぐに病院に?

A いいえ。「腹痛→冷やした→温めればよかろう」ということで、温めて寝かされていました。

Q ご両親は尋常じゃないと思わなかったんですか?

A そうなんでしょうねえ。この鈍感さは後年、妹が盲腸になった時にも発揮されました。前日から腹痛を訴えていた妹が夜中に苦しみだしたので(当時同居していました)、救急車を呼んだ方が良いのでは、と言ったのですが、「朝になってからでいい」と謎の判断で放置。しばらく様子が変わらなかったので、再度言ったところでようやく救急要請。病院についたらすぐ手術が必要な状態だったそうです。

Q 腸重積の時は?

A 医者に連れて行かれたのは夕方だったと聞いています。「温め」たのが全く逆効果。炎症を起こしかけていた腸の状況をさらに悪化させていたわけで、そりゃあ泣きわめくよ(笑)

診察した医師は「何でこんなになるまで放っておいたんだ」と怒ったそうです。すぐに手術することになり、両親は「手術の結果命を落としても異存はありません」という書類にサインさせられたそうです。

Q 危なかったですね。

A でも、後になって両親は笑いながらその話をしてましたね。もうちょっと真剣に心配してくれよ、と思いましたね。

Q 手術は成功したんですよね?

A だから今こうして生きているんですが(笑)。開腹して、入れ子になった腸をほぐして元の形に戻し、縫合ということです。幸い腹膜炎になることもなく、症状も治まったようです。ただ、結構な大きさの手術痕がお腹の右側に残ってます。癒着を起こしているのか、右側の腹筋の力が弱いみたいで、良く攣ったり、右の腰だけ痛くなります。まあ、何にしろ生きていて良かったですね。

Q 七夕は?

A そこですか(笑)その後平塚の七夕には一度もいってないと思います。大学生になってから仙台の方は見に行きましたが。

Q 大師近辺にはいつごろまで?

A 3歳までですね。3歳の時に、前年から入居が始まっていた百合丘団地に転居しました。写真は大師時代に住んでいたアパートだと思います。しかしなんで川崎の北の果てにできた団地に引っ越したんだろうか?20200427213325

Q 理由はあったんですか?

A 良く分からないけど、続きます。

 

 

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