あれから1年

ちょうど1年前の今日、体調を崩した父が入院していた病院から連絡を受けて私と妹が駆けつけると、なんだか色が抜けたような顔で父は亡くなっていました。

あれから1年。日曜日に一周忌を済ませました。2週間前には、昨年末に亡くなった伯父さん(母の兄)の四十九日(七七日と言うらしいですが)があり、来月半ばには、これも昨年末に亡くなった奥さんのお祖母ちゃんの百箇日というのがあるそうです。一年後には父の三回忌がやってくるし、法事の多い1年になりそうです。

昨年は母の七回忌もあり、何度も経験したおかげで息子もすっかり焼香の作法を覚えました。もう堂々としたものです。

父が亡くなってからの手続きや住まいの始末など、忘れないように記録しておこうと思っていたのですが、まったくままならないうちに一周忌を迎えてしまいました。何とかしないと、本当に忘れちゃうんだよね。

気を取り直して頑張ろう。

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父亡き後(5)かんぽ生命から連絡が…

●夏休みに入り、こちらのブログの更新ができませんでした。奥さんの実家の手伝いをしたり、電波の届かない所にいたり、休みの間にいろいろ書きたいことっもあったのですが、ダメでした。これからぼちぼちやっていきます。

●さて、先日かんぽ生命から「入院保険金のご請求に関する再度のお知らせとお願い」というものが届きました。死亡保険金の請求&支払いはすでに済んでいたので何だろう?と思いましたが、まあ読みにくい文面を読んでみると、こういうことでした。
●「○月○日に保険金のご請求がありました保険契約に関しまして、ご請求のありました保険金のほかにお支払いできる可能性がある入院保険金がありましたことから、入院保険金のご請求についてご案内をお送りいたしましたが、現在のところご請求をいただけておりません。」
●「つきましては、ご請求をご案内している入院保険金のお支払いの要件に該当する場合には、大変お手数ではございますが、必要書類をご準備いただき、最寄の郵便局または弊社の支店で、被保険者さまの相続人さまから改めてご請求いただきますようお願い申し上げます。」
●「なお、ご請求いただいた場合の入院保険金につきましては、その内容により、お支払いできない場合もございますので、あらかじめご了承ください。」
●“ご案内をお送りしましたが”と書いてはあるが、そんなものを受け取った記憶はないが、一応用件は理解できました。しかし、保険金請求の手続きをしたとき、窓口で父の入院状況などを伝えて相談したところ「日数が要件を満たさないですね、残念ながら」と言われ、請求をしていなかったのでちょっと「?」な気分ではありました。届いた書面の下のほうにも、窓口で言われたようなことが書いてあったし。

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父亡き後(4)保険金の受取人は誰ですか?

●父の生命保険金受け取りのために必要な書類を調べるため、かんぽ生命のサイトに行ったら、「相続のてびき」なる冊子がpdfでアップされていました。後で聞いたら郵便局の窓口でももらえたようですが、早速ダウンロードして読み込みました。
●「相続とは」というところから書かれていたので、これはわかりやすい、と思ったのですが、慣れない人間の悲しさ、説明を読み進めるうちに「相続人」やら「被相続人」が入り混じり、相続順位やらなにやらわからない言葉が増えすぎて、一気に血圧が上がります。
●この「被」というのがどっちだかすぐにわからなくなります。「保険者」と「非保険者」とかね、誰かわかりやすい用語を発明してくれんかな。こういうことの処理を生業にするのは本当に無理だね、と思ったわけですが、何とか「必要書類」までたどり着きました。
●いろいろなケースが例示されていましたが、うちの場合「保険金の受け取り人が亡くなられた場合」というやつでした。5年前に母が亡くなって以来、父の保険金の受取人は「本人」のままだったからです。受取人を私に変更しようと昨年父と話していたんですが、そのままになっていたのでした。
●必要な書類は、①保険金支払請求書 ②保険証書 ③相続人が確認できる書類(戸籍抄本など)←すべての相続人が確認できる書類が必要なんですね、これが。 ④手続きをする人の身分証明書(運転免許証、健康保険証など) ⑤手続きをする人の印鑑 ああくたびれた。
●このほかにも、死亡証明書、入院証明書、非保険者の生年月日が確認できる書類が必要だってんだからもう、とにかく集められるものから集めよう、と思ったのですが、その後に行うことになる郵貯やJAの口座の解約に必要な書類も一緒に集めた方が効率的だよな、と思い直し、いい加減疲れていたので、奥さんに手伝ってもらいながら、必要書類の確認に取り組むのでした。

(続きます)

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父亡き後(3)生命保険金を受け取るには?

●まず何から後始末を始めたらいいのか、途方に暮れていた、というほどではないのですが、ボーっとしていたら、妹がいろいろと情報を仕入れてきてくれました。
●父が持っていた口座は、郵便貯金が普通と定期。地元のJAに普通をひとつ。あと、簡保の生命保険にひとつ加入していました。このあたりの状況は、一昨年頃から父と話し合い、全部ノートにまとめつつお互い確認していたので、一応把握できていました。
●しかし実際に処理を行おうとするといろいろ出てきます。妹は、父の住んでいた町の市役所に手続きに行ったついでにJAに赴き、手続きやその段取りを聞いてきていました。それでわかったのが、生前使っていた口座は、亡くなったからといってすぐ解約しないほうがいいということ。
●実際、JAの口座は、父が住んでいた住居の家賃の引き落とし用だったわけですが、片付けのために1ヶ月ほど解約をしなかったので2月分の家賃が発生したりしたわけです。
●郵便局の口座も、公共料金の引き落としに使用しており、解約解除に伴う返金や、すでに引き落とされていた社会保険料の返金などがあり、確かに口座をすぐに解約するわけには行きませんでした。
●じゃあ、そのときできることはなんだったかというと、生命保険の死亡保険金の受け取りです。で、父の用意していた保険証書を見て愕然。受取人が「本人」のままじゃないですか。これで相続人代表として私が保険金を受け取るための書類が増えることになりました。受取人を変更して置けばよかった。
●簡保のWebサイトで必要書類を確認し、保険金をゲットする準備に入ったのでした。

(続きますよ)

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父亡き後(2)

●父親の葬儀が済み、日常にはある程度落ち着きが戻りました。しかし、片付けなくては、いや、片付けると言うのはどうかな、処理と言うのもあんまりか。まあ、とにかくいい言葉が思い浮かびませんが、居なくなってしまった父の代わりに、父と社会との接点の後始末をなんとかしなくてはなりません。
●まずは、役所関係。住民登録や戸籍に関する手続きですね。これは、死亡診断書を
葬儀屋さんを通じて私の住んでいた市の役所に提出してもらい、それがあちこちに回って処理されたということのようです。
●次は、社会保険関係。年金、健康保険、介護保険などは父の住んでいた市の役所への届け出が必要でしたが、これは、たまたま事情があり時間のあった妹が、てきぱきと進めてくれていました。
●5年前に母が亡くなったときは、障害者認定を受けていたこともあり、いろいろとほじょをうけていて、その停止手続きが煩雑だったおぼえがありますが、父は最後まで元気でいてくれたお陰で、そのあたりは楽だったようです。
●届けを出すだけですむものは、まあ簡単済むわけですが、これが、「お金を引き出す」「お金をいただく」という案件になると、いきなり、何やら色んなハードルが立ちはだかって来るわけです。全く困ったもんですが。

(続きますとも)

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父亡き後(1)

●父の葬儀からそろそろ半年がたとうとしています。まだ半年か、と思うぐらいいろいろなことがありました。役所に出向いてあれこれ申請したり、金融機関と交渉するのが苦にならない人には何てことないのでしょうが、そういうことになれない私としては、ひどく厄介な日々でした。
●えーと、何から書けばいいのやら。ちょっと頭の中と記録を整理して、進めて行こうと思います。

(早くも続く)

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告別式となりました。(2)

●火葬場の職員の方の先導で、父の遺体の入った棺が炉の前に運ばれます。導師のご住職の読経と、参列していただいた皆さんの合掌に送られ、棺は炉の中に入っていきました。淡々と時間が流れていく。火葬場に来るたびに、いつもそんなことを感じます。それほど経験があるわけではないですが。
●みんなで別室に移動し、簡単な食事を摂りながら終わるのを待ちます。久しぶりに会った従兄弟から、ご主人のお母さんの、ちょっとユニークと言うか、そんなありきたりな表現には収まりきらない行状についての話を聞き、まあ、こんなところでなんですが大笑いしました。本当にそんな人がいるのか、と思いましたが、「いるのよ、それが」とあっけらかんと言い放つ従兄弟(私の母の兄の娘さん)の姿の中に、かすかに母の面影を見たような気がします。おおらかで、ちょっと辛いことでも「笑い」を通じて消化してしまう。そんなメンタリティは、母方の血筋だと思います。私自身にも受け継がれているのでしょうか。
●時間が告げられ、炉の前へ。集骨が始まります。息子に父の骨を見せるのはどうかと思い、お義母さんと一緒に、別のところで待っていてもらうつもりでしたが、自分だけ引き離されるのがいやだったのか、「僕もやる」と言い出しました。
●仕方がないので、これから何をするのか、どんなものを見ることになるのか、何度も説明し、それでも参加したい、と言うので、一緒に集骨をしました。骨を見た瞬間、一瞬たじろいだように思いましたが、息子は私と一緒に小さな骨をつかみ、骨壷に入れました。
●息子が何を思ったか、どんなことを感じたか、良かったのか悪かったのか、今はわかりません。自分の祖父のことを思い出すひとつの材料になってくれればいいな、と思うばかりです。
●火葬場の職員の方によれば、父の骨はたいそう立派なものだそうです。「お父様の年齢で、これだけしっかりと骨の形が残っている方は珍しいです」。大病もなく、急に亡くなったからでしょうか、骨になってほめられるとは、父も予想していなかったと思います
●集骨が終わり、参列していただいた皆さんとも、その場でご挨拶し、お別れをしました。骨壷を抱えてわれわれ家族は一旦葬祭場に戻り、四十九日、納骨までの段取りを打ち合わせてから自宅に戻りました。
●お義父さんお義母さんには一泊してゆっくりして行ってもらいたかったのですが、「葬儀のあとは、すぐ帰るもんだ」とのことで、帰宅されました。遠くまで、ありがとうございました。
●怒涛のような一週間が終わりました。しかし、人が一人亡くなったことの後始末は、これがスタートでした。

(この項終わり)

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告別式となりました。(1)

●通夜に参加いただいた皆さんを送り出し、自宅に戻り、早々に寝てしまったようです。気がかりな夢で目を覚ましたときには6時になっていました。何かを葬祭場に持っていく必要があり、それが気になっていたようです。朝食後、何か持っていったはずなんですが、今となっては何を持って行ったのかまったく覚えていません。やはり精神状態が普通じゃないんでしょうね。
●いったん自宅に戻り、用意のできた家族を乗せて再び斎場に。念のためと思って少し早く到着したのですが、すでにご住職が到着していてあわてました。ご挨拶をしていると、告別式に参加してくださる親戚の皆さんが集まり始めていました。
●昨日は来られなかった、久しぶりに見る従兄弟の顔もありました。「こういうときしか会わないねー」「ほんとだねー」。だんだんそういう年回りになってるんですね。
●読経が始まり、また焼香です。昨日は何すればいいのかわからず奥さんに手を取られていた息子も、今日は一人で何とか形だけは焼香になっていたのに驚きました。
●さて、いよいよ火葬場に向かいます。歩いても行ける距離なのですが、霊柩車と5台のタクシーに分乗しての移動です。この霊柩車と言うのがすごかった。何とBMWのステーションワゴン。ツーリングって言うのかな。5シリーズかな。もっと大きいような気もしましたが、フロントグラスの傾斜がきつくて位牌を抱えて乗るのが大変。ハイブリッドだったようで、ほとんどモーターしか使わずに、音もなく火葬場に到着しました。

(続きます)

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いよいよ葬儀当日です。(3)

●導師をお願いしたお寺のご住職が到着し、奥さんと妹を伴ってご挨拶に伺います。いい戒名(だと思うんだけど)もいただきました。息子はどこに行ったかな、と思っていたら、お義母さんと一緒に折り紙で鶴を折ったり、寄せ書きのノートになにやら書き込んでいました。
●会社の皆さんにも挨拶。受付、と言うほどの人数も集まらないと思ったのですが、一応担当をお願いした同僚の女性コピーライターと若手男子2人と打ち合わせをしているうちに、ご参加いただく予定の親戚の皆さんもほとんど到着していました。
●時間になり、通夜の儀が始まりました。読経に続き焼香。そんなに大人数ではないのですぐに終わってしまいました。そしていよいよ棺を閉じるときが来ました。部屋の中心に棺を移動し、飾り付けの花を参列者の皆さんの手で棺の中に入れていただきます。息子も、何か感じるところがあったのか、神妙な顔で花とさっきから折っていた鶴を入れていました。
●蓋に釘が打たれ、小さな扉から顔は拝めますが、遺体とはお別れです。そしてかねてから用意の喪主挨拶。あまりにも急だったので、本人がこの事態を一番驚いてるんじゃないか、とずっと思っていたので、そんなことを交えて挨拶をさせていただきました。
●母の場合、脳幹梗塞で倒れ、救急車で運ばれた病院の医師に「深刻な状態なので、覚悟して置かれたほうが」と告げられてから亡くなるまで15年。ほとんどいつも「いつ死ぬかわからない」という状態が続いていたので、余計「あっという間」と思ったのかもしれませんが。
●隣の部屋に移り、簡単な食事を召し上がっていただきながら、父の様子を皆さんにお伝えしました。会社の皆さんに息子を紹介することもでき、ここまでは何とつつがなく進んでいます。さて、あと一日です。

(もう少し続きます)

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いよいよ葬儀当日です。(2)

●納棺士(と言っていいのかな)の方は、父の枕元に正座すると一礼し、これまたてきぱきと道具を準備し、父の化粧に取り掛かりました。父もこの年になって化粧筆で顔をこすられるとは思わなかったろうな、そんなことを考えながら作業を見ていたらいきなりお尋ねが。
●「お父様はどんな顔色でしたか?」。急に聞かれると困りますね、実際。「そうですねえ」などと言っていたら、「色白ですね、お見受けした限りでは」とのご宣託。確かに肉体労働で強い日差しに当てられて真っ黒、という人ではなかった。「よく色白ですねえ、とか言われてました」などとモゴモゴ言っているうちにも作業は進む。
●さすがに「色を失って」いた唇に若干の色が差されると、生前の面影を取り戻したような気がしました。本当にプロの技術は大したものです。
●化粧を終えると、ついに納棺です。母のときは当時の住まいでの納棺だったので家族だけでしたが、今回は早めに参集していただいていた親族の皆さんにも手伝ってもらいながらの納棺です。別れのときが近づいている、そんなことを実感する作業でした。
●納棺が終わると、棺は葬儀の行われる部屋に運ばれます。運んだのは私と葬祭ディレクターの女性の二人。かなり重かったのですが、ディレクターは表情一つ変えず軽々と運搬用の台車に載せていました。そんなプロの仕事にあっけにとられていた頃、私の勤務する会社の同僚の皆さんが三々五々集まってきてくれていました。

(相変わらず続く)

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