Meet The Beatles 6

地震以来どうにもこちらのブログを更新できず、かなり時間が経ってしまいました。久々に音楽の話でも。

2枚目に購入した The Beatles のアルバム、Abbey Roadの内容の話でした。

購入前に聞いていたのはA面(わかるかね?)1曲めの「カム・トゥゲザー(Come Together)」だけだったと思います。レコードに針を落とすと(わかるかね?)すぐにあの「Shoo」だか何だかわからない、声のような効果音のような音で曲が始まります。
ボーカルは一発でわかる特徴的なジョンの声。どうにも薄っぺらい(スミマセン。どうしてもそう思ってしますんです。でも大好きですよ。)がパワフルな歌声がどんどん曲をドライブして行きます。今聞いてもカッコいいし、驚くのは全然古くなってない。昨日リリースされたと言われても信じるぞ、私は。
この曲を番組のテーマ曲に選ぶとは、みのもんたもなかなかのセンスではないかと思います(ディレクターのセンスかな)。
2曲目は、ジョージの名曲「サムシング(Something)」。前曲とはまったく違うジェントルなムードと世界観(中坊なので歌詞までわかった訳じゃあないけれど)に、一発でやられました。間奏のギターがカッコ良く、ろくに弾けないくせに(しかもガットギター)一生懸命真似をしたことを思い出します。

3曲目の「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー( Maxwell's Silver Hammer)」、4曲目の「 オー!ダーリン (Oh! Darling)」、5曲目の「オクトパスズ・ガーデン (Octopus's Garden)」、6曲目の「アイ・ウォント・ユー( I Want You -She's So Heavy)」と、A面残りも名曲連発。曲毎の個性は様々なのに、1つの大きな物語を奏でているような構成に、何もわからんバカなりに感動していました。

そして何と言ってもびっくりしたのは、6曲目「アイ・ウォント・ユー」の終わり方。繰り返していたコーラスがいきなり斧でぶった切ったように終わる。いつもの仲間で集まって、誰かの家で初めてこの部分を聴いたとき、みんな誰かがレコードのピックアップ(わかるかね?←しつこいぞ)を途中で上げちゃったと思って、「何すんだ」とか「やめろよ」という声が飛び交ったのを覚えています。


あー、なかなかB面にたどり着かない。
(続きます)

| | Comments (2) | TrackBack (0)

Meet The Beatles 5

久々の音楽話です。
Meet The Beatles 4を書いたのが去年の10月です。突然こんな話が始まって何のことやら分からない人もいるのではと思います。(そんなに読者はいないというツッコミがくるところです)

さて、Capitol盤の「Meet The Beatles」の次に買ったLPは、時系列でもなく当時最新であった「Let It Be」でもなく「Abbey Road」という選択でした。しかも懲りずにまた輸入版。買ったのも前回と同じ町田のスガナミ楽器(だったかな)。
なぜこういう選択になったかよくわかりません。あ、ひょっとしたら「Come Together」が聴きたかったのかもしれない。
前にも書きましたが、当時、文化放送で夜10時ちょっと前(だったと思うのですが)、みのもんたがDJをやっていた「Come Together」なる番組がありました。最初このタイトルが聞き取れなくて、いろいろ調べたあげくビートルズの曲だ、ということが判明。それで「Abbey Road」を選んだんじゃなかったかと思います。輸入盤にしたのはやはり安かったから。町田まで電車賃かけて行っているんだから行って来いですね。

ずうっと後になって分かることですが、「Abbey Road」は「Let It Be」より後に録音された、実質的にはLast Albumだったので、その時点で入手できたビートルズの最新盤だった訳です。

しかし、「Meet The Beatles」からいきなり「Abbey Road」とは、本当にそのころの私は何を考えていたのか。意見してやりたいところです。

しかし、「Abbey Road」は本当に良いアルバムでした。内容については次回のエントリーのこころだー(小沢昭一風)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

マイケル・ジャクソンという存在について(2)

ずいぶん間が空いてしまいましたが、続きです。

件の中村とうようさんの本の記事の内容です。

ポピュラー音楽は、どのように発生して普及していくかという事に関して述べられていました。

後にポピュラー音楽になる「新しい音楽」は、その国の文化や社会の中心から発生することは無く、周縁部から発生するということが、その文章の内容でした。なぜでしょう。

周縁部というのは、他の文化と接触することが多いからです。異なる文化との接触によって、伝統的な音楽に異質な刺激が加えられ、新しいスタイルの音楽が誕生するのだそうです。

例えばアメリカの場合。ヨーロッパから持ち込まれた伝統的な音楽に、奴隷解放に伴って「音楽を楽しむ自由」を得たアフリカ系アメリカ人のセンスがぶつかることによって摩擦が発生し、ジャズやブルースが発生しました。そしてそのような音楽が発生したのは、首都ニューヨークのある東海岸ではなく、ニューオーリンズやミシシッピ川流域など、文化的には周縁部と言える地域だったわけです。

しかし、ジャズやブルースは、その後のアメリカのポピュラー音楽の中で、重要な位置を占める存在になっていくわけです。

申し訳ありません。まだまだ続きます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Meet The Beatles 4

初めて買ったビートルズのLP(もう死語ですかね)、「Meet The Beatles」。聞きまくりました。これしか聞くものが無いので当たり前ですが。今思い出しましたが、LPを買うまでに、シングル盤(これも死語かしら)を数枚購入していました。ポール・マッカートニーの「Another Day」。ジョージ・ハリソンの「My Sweet Load」、ストーンズの「Brown Sugar」あたりだったかな。この数少ないディスクが、本当にヘビーローテーションしていたわけです。

ただ聞いているだけではなく、一緒に歌っていました。私が買った「Meet The Beatles」は輸入版だったので、もちろん歌詞カードなどついていません。耳で聞いた音を、できるだけ正確に(と、本人は思っていた)歌うことを繰り返していました。

1曲目の「抱きしめたい」 から「All My Loving」までのA面(これも死語ですか)を聞き終わるとLPの外周部分を、なるべく盤面に触れないように持ってひっくり返し、B面へと突入します。
「Don't Bother Me」から最後の曲、「Not A second time」まで全12曲。本当に飽きずに聞いていました。

当時は、と言うか今でもB面の方が好きです。地味な曲が多いのですが、ビートルズ特有のムードが本当に出ていると思います。毎日帰宅するとまずレコードを聴く、という毎日でした。

大体歌詞をそらで歌えるようになると、次のLPが欲しくなってきました。次は何を買おうかな?

| | Comments (0) | TrackBack (0)

マイケル・ジャクソンという存在について。(1)

中村とうようさんの名前をご存知の方はどれくらいいるのだろうか。音楽評論家にしてニューミュージックマガジン(現在ミュージックマガジン)の元編集長。僕は中学生の頃から20年ぐらいニューミュージックマガジンの愛読者だったので、とうようさんの書く記事にはたくさん触れてきた。当時興味を持ち始めた「ブルース」という音楽について、とうようさんの記事に多くのことを教わった。ブルースに限らず、音楽シーンの「気に入らないことについてどんどん噛み付いていく(その頃の僕には、そんな風に思えていたと言うことです。ご容赦ください)」その姿勢が小気味良く、「とうようズ・トーク」というコラムが毎月楽しみでした。
著作も多く、先日、以前から何度も読み返していた「大衆音楽の真実」という本(1986年1月刊 新書版サイズで500ページを超えるという大作です)を読み返していた時のことです。
ちょうどマイケル・ジャクソンがなくなった頃のことでしたが、こんな文章に出くわしました。引用させてもらいます。

「70年代以降アメリカのジャズ・ロックが大幅に商業主義化し、特に黒人マイケル・ジャクスンが高度音楽産業による大量消費商品として世界的なマス・セイルスを達成した例に典型的に見るように、ポピュラー音楽が負わされている二面性--資本主義経済のもとでの商品としての側面と、大衆の意識(あるいは無意識)の表現形態としての側面との矛盾が増大し、今後の動向の予測がつかないほど混沌としている。」

「ポピュラー音楽とは何か」という、本全体のイントロに当たる部分にあった文章です。自分にとってマイケル・ジャクソンとは?なんて事を少しは考えていた時だったので、なんだかその後のマイケルがたどった人生を予見していたような文章ではないか。それが第一印象でした。(以前に読んだことがあるのに第一印象というのもおかしな話ですが)

続く

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Meet The Beatles 3

そうこうしているうちに小学校を卒業し、無事中学へと進学します。小学校時代は回りにあまり音楽に興味を持つ友達がいなかったのですが、中学になると、違う小学校から入学してくる連中の中に、必ずそういう奴がいるんですね。あっという間に親しくなり、誰かの家に集まってレコードを聴きながら情報交換です。というか、まずどのレコードを買うか、から話は始まります。みんなで同じものを買っても面白くないので、相談しながら購入計画を立てていた記憶があります。私は入学祝いで、まずLPを1枚、「Meet The Beatles」(Capitol盤)を買おうと決めていましたその頃良く遊びに行っていた町田のレコード店で、それを見つけていたんです。しかも輸入盤。その頃、LPは1枚2000円、モノラル版が1800円。「Meet The Beatles」のCapitol盤はステレオで1900円(だったかな)。相当お得だと思ったのでしょう。Capitol盤がどういうものかもわかっていなかったので飛びついたのですが、今だったら最初の一枚にはしなかったろうな。とは言え、「Please Please Me」も「With The Beatles」もオリジナルの形では出ていなかったから、まあ、仕方のない選択ではなかったかと思います。
休みの日、友達と3人で町田のレコード店に出かけ、それぞれ目当てのLPを購入しました。一人は「ステレオ これがビートルズVol.1(Please Please Meの日本盤)」、もう一人は「Hey Jude」だった思います。その時、LP1枚購入するとビートルズのポスタープレゼントするというキャンペーンが行なわれていました。みんな大喜びしたのですが、私だけもらえませんでした。輸入版は対象外でした。なんだか、得なのかそんなのかわからないレコードコレクション人生がスタートしました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Meet The Beatles 2

初めて手にした自分専用のメディア、ゲルマニウムラジオ。どんなものか知っている人は殆どいないんじゃないかしらん。トランジスタラジオだって怪しいものだ。(ゲルマニウムラジオについてはこちらをご参照ください)
何はともあれ自分の好きな番組や音楽が自由に聞けるわけで、これは熱中しました。その頃よくオンエア(この言葉を聴くようになったのはかなり後の事。FM放送が本格的に始まってからです。この頃はFM富士の試験放送は終わっていたのかな?放送していたとしてもFM東京とNHK-FMだけだったはずです。もちろんゲルマニウムラジオは中波専用なのでFMは聞けません)されていたのはこんな曲でした。
「アナザーデイ/P.マッカートニー」「マイスィートロード/G.ハリソン」「マンチェスターとリバプール/フェラス」「ハロー・リバプール/カプリコーン」「ノックは3回/ドーン」「サイモン・セッズ/1910 Fruitgum Company」「サインはピース/オーシャン」「悲しき鉄道員/ショッキング・ブルー」などなど。
もっと一杯あるのですが、書いていくときりがありません。
夜な夜なゲルマニウムラジオのイヤホンを耳に突っ込んで、文化放送で9時半ごろからやっていた「カムトゥゲザー(DJは何とあのみのもんた)」や、TBSの「ヤングポップス1010(DJは小島一慶さん。初めて聞いた時はテーマソングがピンクフロイドの“夢に消えるジュリア”。良い曲です)」なんかを聞きまくったものです。
うーん、なかなか初めて買ったLP「Meet The Beatles」にたどり着けません。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Meet The Beatles 1

あることに興味を持つと、それに関する情報がどんどん目に入ってくるようになる、とはいろいろな自己啓発書に良く書かれています。目的を持って暮らすことの大切さを表現したものだと思うんですが、確かにそういうことはあるというのが実感です。
小学校6年のいつごろだったか忘れましたが、新聞(だったと思うのですが)に、川崎駅前のさいかやデパートで(こみやだったかな)、音楽関係の商品の特売会が開催されるという広告が載っていました。。ビートルズ関係の商品も販売されるということで、もう、これはどうしたって行かなくては。しかし小学生が一人でそのようなところに行くというのは当時の私の想像を超えるところで、結局母に連れて行ってもらいました。

新品、中古のレコードをはじめとしてポスター、音響機器などが売られていたように思います。アーティストのグッズなどあろうはずもなく。CDはもちろんなく、ビデオも家庭に普及する以前なので映像作品もなかったでしょう。どんなものを売っていたのか。今となっては記憶も曖昧ですが、会場はずいぶんあっさりした風景だったはずです。

私はそこで、貯めていた小遣いの中から、ビートルズ「Let It Be」の映画のポスターを購入しました。LPのジャケットのデザインを踏襲したもの(4人の角版の顔写真が田の字型にレイアウトされたやつです。しかしなぜかバックは黒ではなくネイビーブルー)で、このポスターはその後長いこと私の部屋を飾ることになります。
そして、母が「自分のラジオが欲しい」と言い続けていた私に、ゲルマニウムラジオを買ってくれました。
このゲルマニウムラジオが、世界へとつながる、最初の入り口になったのでした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

Meet The Beatles 0

6/29の記事で音楽を本気で聴き始めた頃のことを考えていたら、いろんなことを思い出しました。
記事にも書きましたが、音楽にのめり込むきっかけになったのはビートルズでした。
小学校6年のときですから1970年。彼らが解散した(法律的にどうなのかははっきりとはわかりませんが)年のことです。
少年マガジン(サンデーだったかな)の読み物記事に「ビートルズストーリー」のようなものが掲載されていました。見開き3つを使って、「デビュー前(ハンブルグ時代の写真が掲載されていました)」「デビューから解散まで」、「ディスコグラフィ(当時ポリドールから出ていたトニー・シェリダンとやっていた頃のアルバムも紹介されていた)」という構成だったと記憶しています。なぜかこの記事にとても惹かれ、本をばらして切り取り何度も何度も読みました。
それまで、音楽との接点と言えば小学校の鼓笛隊(副指揮で指揮棒を振り回していました)ぐらい。GS(グループサウンズですよ)やアイドル(という言葉はまだ日本では流通していなかった)に夢中になるということもありませんでした。ビートルズの曲も、テレビなどで流れれば耳にしていたでしょうが、それと認識してはいなかったと思います。
だから、どうしてあの記事にそんなに興味を惹かれたのか全くわかりません。それだけ彼らが影響力を持った存在だったということでしょう。
しかし、悲しいかなビートルズはすでにその活動を終了していました。件の記事も、彼らの解散という出来事に合わせて企画・掲載されたものだったのでしょう。
ビートルズのデビューが1962年。解散が1970年。その時代をずっと生きていながら、私はリアルタイムで彼らの活動を体験していないんです。時たま、同年齢や1〜2歳上の人で、ビートルズの東京公演のテレビ中継を見た、という人がいたりします。来日は1966年。私は8歳です。おそらくわが家の人間全員がビートルズには興味はなく、中継を見ていなかったのだと思います。見ていればおぼえていると思うんですが。
少年マガジン(サンデーかも)の6ページの記事は、私の頭の中に何らかの化学反応(chemistry)を起こしたことは事実です。切り取ったページは2穴のファイルに綴じてかなり後まで保存されていたと思うんですが、どこ行ったかな。もう一度見てみたいです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)