あぶさんが終わってました。

●コンビニでビッグコミックオリジナルをパラパラ見ていたら、あぶさんが最終回だった。思わずそのまま立ち読みをしてしまった(スミマセン)。
●41年続いた連載の最終回とは思えない、何だかしみじみとした終わり方でしたねえ。水島先生、お疲れ様でした。南海が身売りした頃から読まなくなっていたのでよくわかりませんが、よく続いたもんです。
●連載が始まった頃、私は15歳。中学生ではさすがにビッグコミックオリジナルは読んでいなかったので、連載初期のことは知りません。読み始めたのは単行本7巻の「縄のれん」が出た頃ではなかったか(調べたら1975年12月
でした)。誰かから7巻をもらって読んだら面白く、のめりこみました。オリジナルを毎号買い、単行本もさかのぼって購入しむさぼるように読みました。
●何がそんなに面白かったかというと、それまで読んでいた魔球や秘球が飛び交う少年野球漫画にはない圧倒的なリアリティではなかったかと思います。
●あぶさん自体はもちろん作り物ですが、実在の選手や関係者が多数登場し周囲を固めていました。当時の野村南海ホークス監督はもちろんのこと、のちに監督となる広瀬さん。あぶさんと年齢的には同期の「チャイ」こと藤原満さん。のちに国会議員になるとだれが予想したでしょうエモヤンこと江本孟紀氏。リリーフエース佐藤道郎氏。甲子園優勝投手の「ジージョ」こと上田卓三氏。
●選手だけではありません。マネージャーの杉浦さん、「ろくさん」こと鈴木さん。通訳の市原さん。ビデオ係の野田さん、などなど。
●ストーリーはフィクションですが、登場人物の描写はノンフィクションに近く(通訳の市原さんやビデオ係の野田さんにまつわるストーリーやマネージャーの苦労を紹介する回などは、ノンフィクションそのものでした)、当時マスコミに取り上げられることの少なかったパリーグのことがよくわかる、貴重な情報源でした。
る人物は、

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1917年生まれ

●毎日毎日仕事に寄り切られこのブログをさぼっているうちに、いや寒くなりましたね。夏の暑さが思い出せません。季節の変わり目、皆様いかがお過ごしでしょうか。
●気候の変化のせいかどうかは定かではありませんが、奥さんのおばあちゃんが先週の土曜日、入院中の病院で亡くなりました。96歳でした。1917年生まれ。明治、大正、昭和、平成の4つの時代を生き抜いての大往生と言う所でしょうか。
●1917年と言えば、第一次世界大戦中であり、ロシア革命が起こった年であります。すごいなあ。有名人で言うと、プロ野球創世期の大エース澤村栄治さん。ラジオパーソナリティー・エッセイストの秋山ちえ子さん。何とジョン・F・ケネディさんが同い年。小説家の柴田錬三郎さんも同年生まれです。秋山さんはずいぶんあとまでお元気でしたね。
●義祖母も、ここ数年は臥せっていたりすることが多く、最期は半年ほどの入院の末の逝去でしたが、15年ほど前、私が家内と結婚した頃は本当に元気で、腰もしゃんと伸び、遊びに行く度に「ええ婿が来た、ええ婿が来た」と言って喜んでくれました。ただ、耳が遠くなっていたので、大音量でテレビを見るのにつき合わされるのには参りましたが。
●奥さんより10歳以上年上で、しかも実母が脳梗塞で倒れていた私は、奥さんの親戚のみなさんからは、最初、多少冷ややかな眼差しで迎えられていました。(今はそんなことは全く無いですが)
●しかし義祖母だけは、(私の事情がよくわかっていなかったのかも知れませんが)いつもニコニコ迎えてくれ、あまつさえお小遣いをくれることがありました(年金の中から!もらえませんって)。嬉しかったし、救われました。

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日本人の外国語処理能力

「リスク、コンシェルジュ…わからん!」放送での外国語乱用で苦痛とNHK提訴というニュースがありました。提訴したのは岐阜県の71歳の男性。
■訴えによれば、「NHKでは報道、娯楽番組を問わず番組内で「リスク」「トラブル」などの外国語が多用されているだけでなく「BSコンシェルジュ」などと番組名にも用いられている」「公共性が強いNHKが日本語を軽視するような姿勢に強い疑問がある」とのこと。「NHKだけの問題ではないが、公共放送は特に影響力が強い。年配者にも分かるような放送をしてほしい」とのこと。
■コピーライターなんて仕事をしている身としては耳が痛い。インパクトがあってエッジの効いた言葉はないかな、なんていつも考えているし、新鮮で面白いと思えばたとえ日本語ですむことだってどんどん外国語にしてしまう。職業名がすでに外国語だし。
■エッセイの名人 故山本夏彦さんによれば、外国語を乱用して日本語をだめにしている代表はコピーライターだそうで、そのうちどこかから訴えられても仕方がないんじゃないかと思う。
■しかし、日本語なんてもともと中国の言葉(漢語)をどんどん取り入れて成立したようなもんだし、明治以来、外国の文明レベルに追いつくために知識を言葉ごと取り入れてきた。それが今でも続いているのではないかと思う。ただ、明治期には福沢諭吉さんを初めとした先哲が外国語を日本語(漢語ですが)に翻訳してくれていた(演説、議論などがそうらしいですね)のですが、だんだん情報量が増えて翻訳している暇がなく、外国語がそのまま放送に氾濫するようになってしまったのではないか。
■そう考えると、この状況も仕方がないんじゃないかと思うし、大多数の日本人はそんな外国語を平気で受け入れ、「外来語」として使っているわけですね。
■リスクやトラブルなどの言葉も、遠からずテレビやミシンのように日本語化するのではないでしょうか。そうやって変化していく言葉なんですよ、日本語って。まあ、公共放送機関がそれをどう考え、どう対応するのかは別の問題ですが。
■この提訴がどのような結末になるのか、楽しみではありますね。

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ハルマヘラ・メモリー

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◆池部良さんという俳優さんをご存知でしょうか。惜しくも2010年に92歳で亡くなられましたが、戦前から映画俳優として活躍し、太平洋戦争では招集されて幹部候補性として中国北東部へ派遣され、終戦間際には決戦兵力として南方へと転身。移送中の輸送船が敵潜水艦に撃沈されてセレベス海に投げ出され、海面を漂流後、日本海軍の艦船に救出され、インドネシア北東部のハルマヘラ島へ配属され、上官がすべて他島へ移動してしまったため、当時少尉ながら衛生隊本隊を任され終戦まで戦うという経験がありました。
◆復員後、映画界に復帰して長身、美貌の二枚目俳優として長く活躍されました。高倉健さん主演の「昭和残侠伝」などへの出演でも知られています。
◆文筆家としても知られ、1991年には毎日新聞連載のエッセイ『そよ風ときにはつむじ風』で「日本文芸大賞」を受賞し、小説作品などもモノしています。
◆写真で紹介した「ハルマヘラ・メモリー」も池部さんの作品の一つ。軍隊での経験を元にしたフィクションとのことですが、これがまた面白い。人間関係のディティールや、「命賭けて戦ってんのになんでそんなくだらんことにプライド持ってこだわってんだ」と思うような軍隊内部の上下関係に発するトラブルなどが、ある種飄々したタッチで描かれていて、あっという間に読んでしまった。戦時中の日本に興味がある方には是非オススメしたいです。

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橋下徹大阪市長の発言について考える

◆橋本大阪市長が「慰安婦容認」とも取れる発言をしたということで話題となり、あちこちのニュースサイトに取り上げられたり、各方面から批判を浴びたりしている。
◆よく読めば、慰安婦制度を容認しているわけではないとは思うのだが、「命をかけて走っていく時に、休息ではないけれど、慰安婦制度は必要。誰だってわかる」なんて言ってしまうのは、余りにも乱暴だし、ラディカルなことを行って目立ちたいだけなんじゃなかろうかと思ってた。
◆しかしその後、普天間のアメリカ軍司令官に何やら言ったというニュースに触れて、なんだかただの乱暴じゃないような気がして、ちょっと考えてみた。

◆発端は13日、会見で戦時中の旧日本軍慰安婦について「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で命をかけて走っていくときに、精神的にも高ぶっている猛者集団をどこかで休息させてあげようと思ったら、慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」と述べ、慰安婦は必要だったとの認識を示したことだった。
◆誰もがそう考えると思われては困るが、彼がそう考えるのは勝手だ。まあ、男が何か興奮して走り回ると女の人に慰められないと収まらない、ということでしょう。
◆で、慰安婦という制度が必要だったとお考えであると。さて、当時、慰安婦のみなさんはどういう行為でいきり立つ旧日本軍のみなさんを慰めたのでしょうか?お茶飲んでカルタ取り。あるいは古式に法って和歌を詠み交わす、なんて事ではないことはみなさんお分かりかと存じます。
◆まあそういう行為があったからこそ、未だにいろいろやりきれない問題が片付かないわけですが、それはまた別のお話ということで、すみません。
◆いきり立った武士(もののふ)の心を鎮めるには、そういった行為が欠かせない。橋下市長はそうお考えだと思っていいかと思います。いいですよね?違いますか?
◆さて、そこで考えたいのが、普天間のアメリカ軍司令官への提案です。国は違えど現代の武士(もののふ)がたくさん暮らしている訳ですから、橋下市長はご自身の信条に従い、「彼らのいきり立った心根を鎮めるためには、あの行為が必要に違いない」と考えたのでしょう。

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復活!

何年振りでしょうか。
いろいろと人生落ち着きませんでしたが、ようやくこのブログにも書き込みが続けられるような状況になってきました。

ネタもたくさんたまっているのでがんばります。

今日はここまで。

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腫瘍は良性でした。

5/16のエントリに書いた腫瘍ですが、MRI検査の結果、とりあえず良性という診断が出ました。

左手指先の関節のMRIは一体どうやって撮るのだろう、と思いましたが、何のことはない検査着に着替えて全身装置に挟まれるという騒ぎでした。

以前、脳の画像を撮った時のMRIは、狭いトンネルの中に体ごと送り込まれると言うような形だった記憶がありますが、今回のマシンはでかいハンバーガーのバンズに挟まれる形でした。

少しは圧迫感がなくなったとは言え、でかい機械にのしかかられるのは気分の良いものではありませんね。音は相変わらずうるさいし、寝る訳にも行かず、まあ、疲れました。

画像を見ながらの診断では、「大丈夫。良性でしょう」ということで、安心しました。
しかし、関節のすぐ横なので、若干曲げ伸ばしの邪魔になって来ています。

「切除した方が良いですかね?」と聞いたら、「う〜ん、画像診断の専門科の先生に相談してみましょうか」とのお返事。心の隅で、その先生がいるときに撮ってもらえば良かったなと思いつつ、「じゃあ、お願いします」と言うことになりました。

2週間後に先生の診断がいただけることになりました。
会社の健康診断で「胃」と「血圧」の再診察を言い渡されているのでその件も含めてやってもらおう。

そうしよう、そうしよう。

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また腫瘍が…

一ヶ月ほど前から何となく変だな、と思っていたのですが、左手の人差し指の第一関節の中指側にしこりのようなものができていました。右手の同じ部分と比べてみると、大きな「ペンだこ」のような形になっています。右利きだし、文字を書く仕事と言っても、その実態はキーボードを叩いているだけなのでペンだこ等できる訳がない。痛みも何もないのですが、突き指や打撲等、思い当たる節もなく、ちょっとイヤな感じがしたので、病院で調べてもらいました。
指を見た先生の判断は「何かの腫瘍かガングリオンかな。痛みがないなら良性だと思います」とのことで、とりあえずレントゲンを撮ることになりました。
レントゲンでは(レントゲンもデジタルなんですね。当たり前か。待ち時間が大幅に短縮されてありがたい)骨に異常はなく、やはり腫瘍だろうとのことで、来週MRIで精密に検査することになりました。人差し指の先だけにMRIって、と思いましたがまあ仕方がない。(結構金かかるんですよね…)

2004年のこと、左の肩甲骨の下のあたりに同じようにしこりができ、脂肪の固まりか何かだと思っていたのですが、やはり気になって同じ病院でレントゲンとCTで調べてもらったところ、「ガンかも知れないね」と言われて、「すぐ取ってください、今すぐ今すぐ!」と大騒ぎして摘出してもらい調べてもらったところ良性だったという騒ぎがありました。
それでタイトルが「また腫瘍」となっている訳です。

今回もそんなことかな、と思っていますが、どうなることやら。しかし、こんなものができやすい体質だったらかなわんな。

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困った国だなあ…。

いろいろなことがあった一日でしたが、やっぱり一番のニュースは福島第一1号機のメルトダウンでしょう。まあ、そんなことになっている可能性はものすごく高いとは思っていましたが、東京電力が認めたということにびっくりしましたが、この2ヶ月、何をやってたんですかね。
震災直後の状況に戻ってしまったように思います。浜岡を停止させたのも、これがあったからじゃないかなんて思ってしまいます。
子どものためにも、生活の場を放射能の影響の無いところに移すことを検討しても良いんじゃないか、なんてことを、ちょっとまじめに奥さんと話しました。
いつからこんな国になっちゃったのか。私たちの責任が大きいんだろうけれど、困ったなあ。

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あれからまだ2ヶ月しか経っていないとは

あの大きな揺れと凶暴な津波に東日本が襲われてから、あまりにいろいろなことがありすぎて相当な時間が経っていたように思われますがまだ2ヶ月なんですね。しかし、まだ避難所での暮らしを強いられていたり、放射能により家に戻れなかったり、職場を失ったりして、かつての暮らしを取り戻すメドすら経たない方が数万人単位でいる訳です。2ヶ月という時間があればもう少し何とか状況を改善することが出来たんじゃないかと思いますが、どうなんでしょう?じゃあお前がやってみろ、と言われると困りますが。

今日、南足柄市産「足柄茶」から暫定基準値超える放射性セシウムが検出されたと神奈川県が発表、出荷自粛と自主回収というニュースがありました。足柄に降り注いだものが福島第一に由来するものであれば、相模原の我が家にも当然降り注いでいるでしょう。直ちに健康に影響があるレベルではないのでしょうが、確実に被爆しているはずである。

もう近くの公園で息子を遊ばせるのも心配になるが、運動させない訳にも行かないし…。
これから先、常にこういうことを考えながら生きていくことになるんだろうな。

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